歩行のエネルギー効率とトレーニング  〜倒立振子理論やランチョ・ロス・アミーゴ方式等を用いて当施設のトレーニングを客観視してみる〜

当施設では医療関係者の方や、医療関係者の方からのご紹介で身体トラブル等の改善に訪れる方々にもご利用を頂いております。

今回は医療や福祉の現場で歩行分析に用いられている倒立振子理論やランチョ・ロス・アミーゴ方式(歩行分析のグローバルスタンダード)等を用いながら当施設のトレーニングについて考察してみたいと思います。

 

スポーツ競技パフォーマンスの向上やご高齢の方の歩行改善、腰痛等身体トラブルの改善等で、当施設のトレーニングは比較的早期に効果が現れ始める方が多いですが、それは歩行のエネルギー効率が改善される事も大きな要因と成っています。

 筋肉の付き方等分かり易い見た目の変化が現れる前に、競技パフォーマンスや、身体トラブル等が改善されて行く事に驚かれたり不思議に思われる方々も多い様です(お写真や動画等を撮影させて頂きトレーニング開始以前と比較させて頂くと、歩行や歩行に大きく影響を及ぼす身体の姿勢やアライメント等は確実に変化しているのですが…/普段余り意識や注意を向けらていない事柄の変化に対してはお気付きに成らない方も多い様に感じます)。

 トレーニングがある程度進行した次の段階では、必要とされる部分の筋力強化等に取り組んで頂く場合も有る訳ですが、歩行動作に大きな影響を及ぼす姿勢や身体のアライメント、身体各部の動きの改善等が先ずは当施設のトレーニング取り組みの基本や中心と成っています。

 

以前、人間の動作は地面に力を伝え反発の力を貰う事が動作の基本と言う事と、その為の中核技術として姿勢と下肢の軸のお話しをさせて頂きました。

 しかしながら、人間の動作は地面に対する力の受け渡しの様な一つの視点からだけではなく、様々な角度から多角的、または客観的に考察が出来ませんとその本質に迫る事は困難です。

 

一般の方で倒立振子理論と言う言葉を初めてお聞きに成る方もいらっしゃるかと思います。

 文章での詳しいご説明は複雑に成ってしまいますので大まかにご説明させて頂きますと、皆さん良くご存じの振子は、紐の先に繋がっている重りが落下と上昇を繰り返す(揺れる)中で位置エネルギーと運動エネルギーの変換を交互に行いながら動き(揺れ)続ける物体です。

この振子の上下を逆様にして振子の重りの動きを人間の歩行動作の重心位置の動きに例えた歩行のモデルが倒立振子理論です。

 

掌に棒を立てて倒れない様にバランスを取る遊びをした事が有る方もいらっしゃるかと思います。

倒立振子理論では、掌に立てた棒のてっぺん部分が人間の身体重心位置、倒れない様にバランスを取っててっぺん部分を追い駆ける掌側が脚部(股関節)のイメージです。

 通常の振子運動では空気抵抗や重りや紐に働くメカニカルロス等が無ければ、位置エネルギーと運動エネルギーの変換は減衰なく行われ、理論上運動が永遠に続くと言われています。

一方実際の人間の歩行動作では、一般的に倒れる方向へバランスを拾って行く際のエネルギーのインプットが必要に成ると言われています(掌の上で棒のバランスを取る遊びで言えばバランスを取っててっぺん部分を追い駆ける掌を動かす腕の働き/人間の歩行動作で言えば進行方向に身体が倒れて下がった身体の重心位置を持ち上げ位置エネルギーを回復させる為の下肢⦅股関節⦆の筋活動等)。

 

倒立振子で表現される様に、人類の直立二足歩行は基本的には進行方向へ倒れるだけなので、地面を蹴って移動する四つ足動物の四足歩行等と比較して推進力の分解、減衰は行われず非常に高効率な移動の方法で有ると言われています。

一般的な方の歩行動作では、エネルギー換算率で65パーセント前後は振子運動で機械的に生み出されている運動エネルギーが使われていて、残りの35パーセント前後を筋力(筋活動)により補っていると言われています(頭上運搬歩行を行うアフリカ系の女性は世界で最もエネルギー効率が高い歩行をすると言われていて、筋活動で生み出すエネルギーを20パーセント程度しか使っていないそうです)。

トレーニングでは直立二足歩行と言う人間の運動特性を踏まえる必要が有り、歩行動作のエネルギー効率を低下させない(向上させる)事が出来るか否かが、トレーニングを成功へ導く一つの鍵と成ります。

当施設のトレーニングはこの倒立振子をモデルとした歩行動作のエネルギー効率を改善、向上させられる様にも体系付けられています。

 

トレーニングではトレーニングの主目的(筋力の向上等)だけではなく反復するトレーニング動作が脳に履歴を残し身に着く(癖づく)と言うお話は以前させて頂きました。

スポーツ競技パフォーマンスの向上や、歩行、腰痛等身体トラブルの改善等のトレーニングで多く有る失敗は、地面に対して力の受け渡しを行う股関節(下肢)や骨盤の動きが位置エネルギーを運動エネルギーに変換する倒立振子の運動を表現出来ていない例です。

例えば、重心位置を下げながら位置エネルギーを運動エネルギーに変換すべき場面で、下肢が重心位置を持ち上げてしまう方向に働く(地面を蹴る)等は不利に働く動作の代表例です。

 

歩行動作やスポーツ競技パフォーマンスの主な目的は、基本的に運動中身体の重心位置を目的とする進行方向へ移動させる事です。

倒立振子理論でご説明させて頂きますと、振子の重り(重心位置)が加速しながら落下し、位置エネルギーを運動エネルギーへ変換しているフェーズの部分です。

それとは逆の上方向へ重心位置を上昇させる事は運動エネルギーが位置エネルギーへ変換されてしまう等重力に因る減速要素も大きく働きますので、加速度(スピード)を得てパワーを発揮する方向とは真逆の方向です(以前、加速度を得てパワーを発揮する事が重力が働く地球上で活動する人間の動作の基本原理に成ると言うお話をさせて頂きました)。

また重力に大きく抗う動作は身体の負担も大きく成る為、それが積み重なると身体の疲れや腰痛等身体トラブル等の原因と成りうる事もご想像して頂けるのではないかと思います。

 

*以下、倒立振子理論やランチョ・ロス・アミーゴ方式等で使用される専門用語のご解説は本文章の目的ではございませんので適宜他をご参照頂きながら読み進めて頂きたいと思います。

 

*ランチョ・ロス・アミーゴ方式に於ける歩行分析は細かなフェーズに分解されて行われますが以下はざっくりとしたご説明です。

 

*歩行動作に於いては身体重心位置は上下方向だけではなく側方へも移動(軸足に対して身体が斜め前方へ移動=陸上競技スプリント種目のクラウチングスタートやスピードスケートの例が分かり易いかと思います)していますが、ご説明が複雑に成りますので今回は省略させて頂きます。

 

 

1、高い位置エネルギーを持つ立位姿勢を作る

 

倒立振子理論は位置エネルギーを運動エネルギーへ変換する歩行モデルですので基本的に重心位置が高く高い位置エネルギーを持っている身体が理論的には有利です。

姿勢につきましては他でも度々触れさせて頂いていますが、当施設でトレーニングに取り組まれますと身体(特に体幹部分)の柔軟性が向上する等の理由から立位姿勢では胸椎や股関節、膝関節が大きく伸展し、骨盤位置(重心位置)が一般的に良い姿勢と言われている姿勢より身体の前方の高い位置へ引き上げられる事に成ります(身体の前側の屈筋群や、立位で股関節を伸展させる筋肉群の鍛え方を間違えて硬くしてしまうと重心位置を低下させてしまいますので歩行改善やスポーツ競技パフォーマンスの向上、腰痛等身体トラブル改善が目的の方達はトレーニング方法に注意が必要と成ります/詳細はトレーナー相星へお尋ね下さい)。

 

 

2、遊脚期(脚が振り出され空中に有る状態)の観測肢(観察している脚)側の胸郭、骨盤位置を高位置に引き上げる

 

当施設のトレーニングでは上半身では広背筋を主動筋化し、脊柱を境に左右互い違いの(左右を拮抗させずに協調させる)筋活動を引き出します。

   その結果、遊脚期の観測肢側の広背筋が観測肢側の胸郭や骨盤を高位置へ引き上げ、一般的な歩行と比較して高い位置エネルギーを持った状態から接地(着地)する事が可能と成ります。

 

 

3、立脚初期(股関節や膝関節の伸展運動⦅筋力⦆で歩行運動のエネルギーを補充⦅重心位置が減速しながら上昇⦆するフェーズ)の短縮

 

  重心位置の高い姿勢や広背筋の主動筋化、反射を応用した速い筋収縮形態(熱いものに触ってしまいパッと手を引っ込める様な筋収縮速度のイメージ=実際は反射でも違う経路の伸張反射等を応用しています)、骨格で下肢の軸を形成する動作等が立脚初期の短縮を可能にする主な要因です(メカニズムの詳細はトレーナー相星へお尋ね下さい)。

  立脚初期は位置エネルギーの回復期間ですのでその期間を短縮出来る事は歩行動作の効率改善に大きく貢献します。

  位置エネルギーの回復期間は重心位置が減速しながら位置エネルギー(高さ)を回復する期間でも有るので、減速要素を減らし次に訪れる加速区間(立脚後期)での更なる加速を得る事にも有利に働きます。

  また、立脚初期は人間の動作で言えば基本的に動き始めの前段階の部分に相当しますので、その短縮はスポーツ競技(対人またはタイム計測等で争われる様な競技)に於いては様々なメリット(予備動作等の減少)をもたらします。

 ご高齢の方の歩行で歩行速度の低下や疲労で長い距離が歩けなく成る等の問題が有りますが、姿勢の変化で身体の重心位置が身体の後方の低い位置に移動し立脚初期(荷重応答期間等)が長く成る事が大きな要因です。

 

 

4、立脚後期(身体重心が加速を伴って移動⦅落下⦆する期間)の延長

 

  当施設のトレーニングでは既に述べさせて頂いた通り、上半身では広背筋が主動筋化し脊柱を境に左右互い違いの筋活動が引き出される為、立脚後期(片足支持期間で軸脚により身体重心が進行方向へ加速を伴い押し出されている期間)の遊脚(空中に振り出されている脚)側の胸郭や骨盤が高位置に保たれる事に成ります。

  結果、立脚後期がランチョ・ロス・アミーゴ方式で行われる一般的な評価基準と比較して延長される事に成ります。

  立脚後期の延長は床反力作用点(地面と前足部の接触点)と重心線(重心を通る重力線)の距離の拡大(運動の回転半径の拡大)や重心へ向かう床反力ベクトルの傾きの増大等をもたらす為、歩行動作やスポーツ競技動作時の角運動量(遠心力)の増大や身体重心を前方へ押し出す加速度を増大させる事に繋がり、歩行動作やスポーツ競技のパフォーマンスに大きなメリットをもたらします。

 

以上は理論的な部分です。

理論的裏付けや理論に対する正しい理解は大切です。

自身の考え方や知識、また感覚だけに頼っていては自ずと限界が訪れてしまいます。

才能やセンスと言った言葉に飲み込まれてしまわない為にも、現場でお伝えしている実践的な技術と共にご理解して頂きたい部分です。

 

 

では具体的に、歩行のエネルギー効率が改善される事で身体にどの様な変化が起こるのでしょうか?

以下、不肖私の例をご参考に今後の取り組のヒントにして頂く事が出来ましたら幸いです。

 

 

5、トレーニング取り組みによる変化(武道、格闘技に於ける投げ技動作の例)

 

トレーニング取り組み以前トレーニング取り組み以降

 

技を掛けている時に身体に強い力感が有る(上手く出来ない時程力感が強く成る)→技を掛けている時に身体に力感が少ない(上手く出来ると力感が全くない)

 

技のスピードが遅く等速的 (技を掛けている最中に意識が強く働く)→技が一瞬の動作の中で完結している(技を掛けている最中に意識は殆ど介入しない)

 

意識して技に入る事が殆ど→無意識に技が出る事が多く成る

 

意識しても踏み込み位置が一定しない(技の精度が低い)→強く意識しなくても同じ位置に踏み込める(技の精度が上がる)

 

相手に反応されて対処されてしまう事が多い→相手がこちら側の技に反応出来ず技が決まる確率が高く成る

 

相手の動きに自身の技のタイミングを合わせる事に苦労する→相手の動きに自身の技のタイミングを合わせる事が以前と比較して容易に成る

 

力感が有る割にパワーが発揮されていない→瞬間的な動作で力感がないにも関わらず相手が強烈にマットに叩き付けられている(パワー=⦅スピードと切れ⦆が増している)

 

重い相手を投げた後に呼吸が乱れる事が多い(私の体重は70キロ弱で相手は85キロ以上)→重い相手を投げても呼吸は殆ど乱れない

 

重い相手を投げた後に足がガクガクして以降のパフォーマンスに影響が出る事が有る(私の体重は70キロ弱で相手が90キロ以上)→重い相手を投げても足はガクガクしない

 

以上は40代半ばを過ぎてからの変化です。

 

その他、私は以前、重量物を扱う仕事の関係から重度の坐骨神経痛に成ってしまい、疲労や痛みで5分以上は続けて歩けなく成ってしまった経験が有りますが(仕事も辞めざるを得ませんでした)、トレーニングに因り改善した現在では長時間の稽古指導でも座っている時より歩いている時の方が楽で、歩く程に身体の調子が良くなっていく感覚が有ります。現在まで坐骨神経痛に関しての症状は再発していません。

 

*トレーニングでの身体の扱い方を歩行動作や競技動作に落とし込む取り組みや練習は当然必要と成ります。

*トレーニング効果には個人差が有ります。上記は私個人の経験や感想です。

 

 

 効率を追求して生まれたトレーニングは身体に負担を掛けず、ご高齢の方や腰痛等身体トラブルをお持ちの方の身体のストレスを取り除く事が可能です。

 アスリートのトレーニングと多くの方が善く成る為のトレーニングが両立出来ていて、ジムに多様性が生まれている大きな理由です。