目の前の小さなゴミと青い鳥

(私自身に欠落していた技術を補う情⦅心⦆の部分)

 

 高い目標をお持ちで有るが故に、壁や限界をお感じに成られている方もいらっしゃるかと思われます。

 ご参考に成る事が有るかは分かりませんが、当施設の取り組みの方向性や、私個人の拙い経験や考え方について少しお話しをさせて頂きます。

 

 肺病を患われ、掛かり付けの医師より携帯酸素ボンベの使用を勧められている80代の高齢者男性が当施設へご入会されました。

 携帯酸素ボンベのご使用は日常生活での負担も非常に大きく、出来れば使用を回避したいと言うお話しをトレーニング開始当初にお伺い致しました。

 30分間のトレーニングを週に3回、約2ヶ月間取り組まれた結果、歩行運動後の血中酸素濃度を測定する病院での検査の数値が著しく向上し、ご希望通り携帯酸素ボンベのご使用を回避して頂く事が出来ました。

 全身に亘る関節の強い固縮や歩行の歩幅の著しい減少が見られ、体の自由が利かない中での取り組みでしたので、ご本人にも出来る小さな事を積み重ねて頂きました。

 

 ノーマークのスポーツ選手のパフォーマンスが突然向上する、長年努力されても改善が見られなかった椎間板ヘルニアや脊椎菅狭窄症が短期間に改善される、障害者認定を受け長期間苦しまれた様な鬱症状が改善される等、一般的には余り見られない様な出来事がトレーニングの現場では多々起こるので(*トレーニング効果には個人差が有ります)、表面的なトレーニングの手法や特殊なトレーニングマシーン、身体操作の技術的な側面等が強調されてしまい、当施設のトレーニングの本質的な部分はそれらの裏側に隠されてしまいがちです。

 

 今から20年程前のお話に成りますが、私の所属している空手団体では指導者も大会運営に係わる為、普段一緒に稽古している選手達の試合を応援したり観戦する事は余り出来ていませんでした。

 試合では勝者と敗者が生まれます。

 大会終了後に勝った選手や保護者の方達が勝利報告に来てくれるのですが、報告を受ける私の顔は何故か笑っていません。

 負けた選手達の顔が頭に浮んでしまい、私の顔はどうしても強張ってしまうのです。

 試合に負けてしまう様な選手の多くは、気持が優しく他人の立場を考えてしまう様なタイプの人達でした。

 私の目から見て、負けた人間の取り組み方が勝った人間と比較して劣っている様には当時見えていませんでした。

 勝った選手の人間性のお話しをしているのでは有りません。

 私の個人的な感覚なのですが、私は自分自身の指導の仕方や考え方に何か違和感と、大きく欠けている物が有る事を感じていました。

 

 気持ちが優しく人の良い人達が強く成る為にはどの様な取り組み方が必要で有るのか?

 その問いに対する解答が当施設の開設に繋がって行きました。

 

 これを読んで頂いている皆さんは『凡事徹底』という言葉をお聞きに成った事はお有りでしょうか?。 

 この言葉は、イエローハットと言う自動車用品店を経営されている会社の創業者で、現会長の鍵山秀三郎先生が広められた言葉と言われています。

 私は書店で目に留まった鍵山先生のご著書が切っ掛けで、この言葉を知る事に成りました。

 その言葉の中に私の指導の仕方や考え方に欠けている物が有ると強く感じ、ご本人より直接学ばせて頂きたくて、認定NPO法人日本を美しくする会が主催する、山梨県南アルプス市の公立小学校のトイレをお借りして行われた、トイレ掃除勉強会へ参加させて頂いた事が有りました(鍵山秀三郎先生や認定NPO法人日本を美しくする会、トイレ掃除勉強会等につきましては紙面の関係上他でお調べ頂ければと思います⦅日本を美しくする会につきましては、営利、宗教、ボランティア活動等を行う団体ではなく、全国各地で小さな子供から大人迄不特定多数の方々が主催される掃除活動に参加され、活動を通して学ばれています⦆)。

 

 『凡事徹底』と言う言葉は、特別ではない誰にでも出来る、簡単、また当たり前な事を誰にも出来ない位徹底して行うと言う意味です。

 

 私が以前トレーニングを勉強させて頂いたジムの本部施設では、野手として日本人選手として初めてアメリカのメジャーリーグに挑戦され、メジャーリーグ史上に数々の偉大な記録を残された選手の方がトレーニング指導を受けていらっしゃいました。

 メディアの方からのご質問で、今迄誰にも負けない位一番行った練習は何かと問われ、「高校時代毎日欠かさずに行っていた寝る前の10分間の素振り」と回答されていらっしゃいました。

 「小さい事の積み重ねが高い所へ到達する為の唯一の方法で有る」とも答えられていました。

 正に凡事徹底です。

 実は当施設のトレーニングの本質も、難しい特別な事を行う訳ではなく、方向性は凡事徹底で、誰にでも出来る簡単で当たり前、また小さな事を積み重ねて頂いているだけなのです(トレーニングと言う言葉からか、何か大変な事をするとご想像されお見えに成る方もいらっしゃいますが、行って頂くトレーニングの内容に拍子抜けされる方も多い様です)。

 

お話しは少し逸れてしまうかも知れませんが、凡事徹底の大切さに気が付く為にはトイレ掃除が非常に有効です。

 私の指導させて頂いている山梨県甲府市の空手道場は、コロナ騒動で公営施設での定期的な活動が難しく成り、現在入居させて頂いているテナントへ移転する形と成りました。

 テナントが入る建物は築数十年の古い物件で、移転当初、共同で使用させて頂くトイレの汚れは正直に申し上げまして強烈でした。

 トイレのドアを開けると瞬く間に20メートル程離れた空手の稽古を行うテナント迄悪臭で満たされてしまう様な状態でした。

 トイレ一面には雪が降った様に埃も積もっていました。

 ホームセンターで業務用のヤスリやサンドペーパーを自前で購入し、尿石で変色した便器に向かい手袋を着用せずに素手で(手袋を着用していては汚れの本質と向き合いそれと対峙する事が出来ない為/勿論私も皆さんと同じで素手で便器に等触りたくは有りません)磨く(削る)のですがペンキを削り落とす様な業務用のヤスリでも、便器の白い地肌が見える様に成る迄に何日間かの繰り返し作業が必要でした。

 週に2回のトイレ掃除を三年以上続けていますが、他の道場生達にトイレ掃除は一切して貰っていません。

 

 トイレ掃除を始めてから予期していなかった出来事が様々起こりました。

 お借りしている物件には駐車場が足りないのですが、お願いした訳でもないのに大家さん自ら道向かいの会社に掛け合って頂きその会社の駐車場を無料でお借り出来る様に成ったり(トイレ掃除を始めてから3か月程経過した頃)、入り口の階段や廊下等の故障していた照明を、お願いした以上に修理して頂いた事も有りました(トイレ掃除を始めて一年程経過した頃)。

 失礼ながら、この様な汚いトイレが有る建物のテナントには入居者は現れないだろうと思っていましたが、トイレ掃除を始めて2年程経った頃には同じ建物のテナントに借主が何件か現れ始める様に成りました(埃の古さや積もり具合から、今迄テナントとして数十年は利用された事がないで有ろうと思われる部屋が殆どでした/普通の感覚をお持ちの方で有れば、汚れた部屋はともかく、以前の汚れた共同トイレを見れば腰が引け、正直に申し上げまして入居をためらってしまうと思います)

 大家さんも私達がお借りしているテナントが入る建物内で働いていらっしゃるのですが、私達とは使用している時間帯が異なる為、私と大家さんとの日頃の接点は汚れが落ちて行くトイレだけです。

 汚れが落ちて行くトイレを見て、大家さんにも何か感じて頂ける事が有ったのかも知れません。

 私自身はトイレを掃除する事で何かを期待していた訳では有りませんでした。

 

 トイレ掃除をしていると様々な事に気付かされます。

 トイレ掃除をしている私の脇で何も言わずに用を足して行く人、またその際のトイレの使い方、掃除を代わる事を申し出たり、掃除を手伝おうとブラシを手に取る人、一人居残って掃除をして行こうとする私に何も言わずに帰る人等々。

 そこには年齢(大人や子供)や空手の帯の色(空手の熟練度)、競技の実力や道場での立場(指導したり、されたりする立場)等は一切関係がなく、人としての本質が透けて見え、私自身自分が長年行って来た事の結果の意味を考えさせられ愕然としたりもするのですが、汚れた便器を磨いていると自然と心が落ち着き、一からやり直せば良いと言う清々しい気持ちにさせて貰えるから不思議です。

 

 子供の稽古で有れば履物を揃える事を忘れない、道具をきれいに片付ける、歩きながら挨拶をしない、道衣の帯をしっかり自分で結べる様にする等々、稽古終了後に道場を掃除するマイ雑巾を持って貰った事も有りました。

 空手の技術の基本的な部分を少しずつ見直すと共に、一見して直ぐには空手の試合の結果に結びつくとは思えない様な些細な事にも注意を払い、直ぐには出来なくてもその大切さを伝え続けた結果が、気持ちの優しい選手達が試合で勝ち上がる事に少しずつ繋がって行きました(以前からそれらに目を向けている積もりではいましたが、取り組みに対する認識の度合や覚悟が足りなかったのだと痛切に感じ勉強させて頂きました)。

 自分の利益、また結果に結び付くとは思えない様な些細な事にも注意が払えていない様で有れば、自身が取り組んでいる物事に於いても本人が本気で取り組んでいると錯覚しているだけで、実は本気に成れていないのだと言う事を、トイレ掃除勉強会や便器を磨くトイレ掃除指導員の方の後姿から気付き学ばせて頂きました(私の班を担当されたトイレ掃除指導員の方は滋賀県よりお見えに成っていましたが、便器を磨く後姿を拝見して、同じ指導者として私にはお話し出来る様なものが一切ないと直感的に感じ、また不覚にも目に涙⦅悔し涙ではなく、美しいものや素晴らしいものを観たり聴いたりした時に出る涙です⦆を浮かべてしまいました⦅私に何か思い込みが有った訳では有りません/柄でも有りませんが⦆)。

 団体内部では、私の指導させて頂いている道場に対して結果を出す道場と言う様な見方をされる方も一部いらっしゃいましたが、少なくとも当時に限っては特別な技術を教えたり、試合に向けて特別な取り組みをした覚えが私には有りません(指導者仲間にもこのお話しはした事が有りません)。

 

 先述の鍵山先生が創業されたイエローハットは、サッカーのJリーグの名門チーム鹿島アントラーズをチーム発足当初からスポンサードされて来た様な大きな会社です。

 Jリーグ発足当初、鹿島アントラーズはリーグ最弱のチームと言われていたそうです。

その最弱チームに何と当時サッカーの神様と言われていたジーコ選手がブラジルから選手兼指導者としてやって来た事は有名なお話です。

 鍵山先生も当時グラウンドで直接選手達の練習を見た事が有るそうです。

 ジーコ選手は、最弱チームとは言え当時チームに集まっていたプロサッカー選手達に、中学生が行っている様な基本的な練習から練習をやり直させていたそうです(プロとは言え基本の出来ていない選手も多かったそうです/サッカーの神様ジーコ選手から何か特別な事を教えて貰えると期待していた選手達には、当初強い反発や不満が有ったそうです)。

 ジーコ選手によって立て直された鹿島アントラーズはその後、Jリーグで最多優勝回数を誇る日本を代表する名門プロサッカーチームに成りました。

 

 現在野球の米メジャーリーグで前例のない活躍をされている一人の日本人選手の方がいらっしゃいます。

 渡米当初は日本の野球からメジャーリーグの野球に上手くアジャスト出来ずに苦労されていらっしゃいました。

 その選手の方のその後の活躍を懐疑的に見ていたメディアの方も当時少なくなかった様に記憶しています。

 その様な中、ゲーム中に一塁ベース脇に落ちていたゴミを拾いポケットに入れたその選手の方の行為を見て、その後の活躍を確信されたアメリカのネットメディアの方がいらっしゃいました(日本ではなく、海外のメディアにその様な見方をされる⦅価値観を持たれる⦆方がいた事に驚きと、昨今国内外では暗いニュースが多く報道されていますが、心強さと大きな希望を感じた事を覚えています) 

 

 大観衆の前でゴミを拾う為には勇気が必要です。

グラウンドに落ちているゴミを一つ拾ってもグラウンド全体がきれいに成る訳では有りませんし、気に留めない方が殆どです。

現代は効率化の時代です。

その様な時代に有ってゴミを拾う事が野球のパフォーマンスに影響するとは普通は考える事が出来ません。

 小さな事をばかにしたり粗末に扱っていては、大きな事を成し遂げたり、高い所へ到達し得ない事を良くご理解されている方なのでしょう。

 

『一つ拾えば一つだけきれいに成る』

 

ゴミを一つ拾う行為はとても小さな事に感じられても、一つ分は確実にきれいに成っていて、決して無駄な行為ではないと言う信念が込められた言葉です。

 

メジャーリーグで前例のない活躍をされている選手の方の何気ない行為から、十数年前にトイレ掃除勉強会で教えて頂いたもう一つの言葉を私は思い出す形と成りました。

非常に感慨深く、進むべき方向を再確認させられ、背中を押して頂く形と成りました。

 

当施設のトレーニングもトレーニング効果が感じられなく成ったり停滞してからが本当のトレーニングの始まりです。

視点を変える等様々工夫しながら小さな事を積み重ねて頂き限界を超えて行く方向性です。

 

当施設にお集まりに成る皆さんが、青い鳥(特別な事)を追いかけて堕ちて行く事がない様、私自身への自戒の念や反省と共に日々お祈りしています。